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2009年2月24日 星期二

源氏物語千年記-戀


很意外地看到這麼認真的網路翻譯的大大,在看了幾集的"源氏物語千年"的片尾曲,意外地發現中孝介唱的"戀"的中文翻譯,是十二句的五言詩。

先看歌詞吧:




せめて一度くらい
振り向いて欲しかった
せめて風のように
ただ傍にいたかった
一途な想いに鍵をかけ
閉じ込めた心は
今もまだ
甘く薫る
あなたをあなただけを
いつでも見ていました
咲かない蕾のように
報われない恋でした
望君能再度
回首相凝望
惟願如輕風
伴君長相守
思念已緊鎖
心意已封存
而今情依在
甘甜總飄香
眼中只見君
無時不守望
可嘆蕾未開
苦戀無絕期


幾次認真地看了源氏物語,果然,
還是要用動漫的方式,是容易明白的,
現在看到第5集,會繼續看完的。
源氏的人生,從美麗的出生,
耀眼的童年到十二歲前,
元服之後,也是得意,也是失意吧。
不算成大業立大功之名,
但也是風花雪月,豐富而不枉的人生了吧。
熊掌 2009/2/23

2007年5月24日 星期四

源氏物語ー葵

  桐壺帝は退位され、コ徽殿腹の朱雀院が即位された。東宮は藤壷腹の若宮である。源氏は二十二歳になって、右大將まで位も進んだので軽々しい忍び歩きはやめでいる。
  六条の御息所は、源氏の君がまことに頼りなく思われる折も折、亡き東宮との間に生まれた姫宮が、この代替わりに伊勢神宮の斎宮に立たれたので、一緒に自分も伊勢へ下ろうかと考えた。
  六条の御息所(みやすどころ)は故東宮が大切になさった方なので疎略に扱ってはならないと、桐壺院は源氏に意見なさる。源氏も仰せの通りだとは思うものの、御息所が年上ではあり、世間晴れての関係でもないのを口実にして、やはり無沙汰をつづけていた。
  

2007年1月10日 星期三

源氏物語ー末摘花

  年月が経っても源氏の君ははかなく命を終えた夕顔のことが忘れられず、それに似たような人もないものかと思い続けていた。
  (歲月過去了,源氏還是忘不了夕顏。)
  正妻の葵の上を始め、親しい間柄の女君といえば、みな身分の高い気の置ける人々ばかりなので源氏の君は、ひときわあの夕顔の人なつこいやさしさを恋しく偲ぶのであった。
  (從正妻葵之上算起的這些源氏的女人,都是很有身分的居多。然而源氏還是會想起夕顏)
  そこで、何とか仰々しい身分でなく、可愛い人柄のひとはいないかと探していた
  (源氏想找個可愛的女人,不管是不是有好的出身)
  時折は、あの空蝉を心残りに思い出す。
  ついでには、軒端の荻のうちとけて坐っていた姿も、もう一度みたい心地がする。
  一体に、源氏は一度、縁を結んだ女たちをすっかり忘れてしまうということのできない性質であった。
  (基本上只要源氏結了緣的女子,他都不會忘了的)

  

2006年12月26日 星期二

源氏物語ー若紫

(註1:源氏物語年代久遠,在此打字公佈不違反我國的著作權法)
  春の頃わらわ病を煩った源氏の君は、加持祈祷を頼むため、近従四、五人を連れたしのびで朝早く北山の聖のもとへでかけた。
  在春天被虐疾所苦的源氏君,帶著四、五個隨從簡裝微行到北山的聖地去祈禱加持。

  聖の庵は北山も奥深い所で、京の花盛りは過ぎたのに、ここは今がちょうど見ごろの盛りである。
  因為這間有名的庵寺是在北山的深山裡,所以在京都已經過花季的櫻花,在這裡才要盛開呢。

  身分柄、遠出もたやすきできぬ源氏が、あたりの景色をめでていると、お供のものが、諸国の美しい景色について話をし、そのうちのひとりは播磨の明石の浦の風光をほめた上に、ここに住む前の国守で今は出家している人の娘が美しく気位が高いと噂話をする。
  因為身分的關係而不容易出遠門的源氏君,一看到眼前的美景,就馬上說出了「這真是全國第一的景色啊」。...(不怎麼懂,算了)

その夕暮、源氏は、このあたりの僧房には珍しく風雅な子柴垣の家に目を止めてのぞいてみた。そこには四十ぐらいの尼君が仏前に読経していた。美しい女の子が走って来て、伏籠の中に入れておいた雀の子を、侍女が逃がしてしまったといって口惜しがっている。その女の子の様子がいかにも愛くるしい。しかもその顔かたちは恋い慕う藤壺の宮にあやしいほど似ているのであった。
  調べてみると、この家は、源氏の知合いの僧ずが山ごもりしている所で、尼はその妹であった。女の子は尼の亡き娘の忘れ形見で、父は藤壺の宮の兄、兵部卿の宮である。
  女の子が藤壺に似ていると見たのもひが目ではなかった。

  そうと知って、ひとしお思いまさる源氏は、藤壺の宮に焦がれる思いを和ませる